子どもたちの未来から、医療と観光、そして祈りの旅へ。~皆生菊乃家 若女将 山崎裕美子さんインタビュー~
「皆生は、子どもの頃の遊び場でした」
山崎さんは皆生温泉で生まれ育ちました。
学校帰りに友達と海へ行ったり、テトラポッドでカニを捕まえたり。
旅館の中に住んでいた祖母のもとへ寄って、そのまま泊まることも日常だったそうです。
「当時は子どもだけで海水浴にも行っていました。皆生全体が、私にとっては大きな遊び場のような場所でした」
お土産屋さんが並び、夏には花火が上がる。
今とはまた違う賑わいが、確かにそこにあったといいます。
一方で時代が進むにつれ、観光地としての役割が強まり、地元の人にとっては「敷居が高い場所」になっていった皆生温泉。
その距離感に、ずっと違和感も感じていたという。

若女将として芽生えた3つの思い
若女将として旅館に立ち、結婚、出産、子育てを経た今も、変わらず現場に立ち続けている山崎さん。
家庭と仕事の両立に悩む時期もありながら、その一つひとつの経験が、まちを見る視点や人との向き合い方を少しずつ変わったといいます。
そこから生まれたのが、3つの思い。

①子どもたちと皆生温泉をつなぐ
最近、動き始めたのは、地元の中学校との取り組みでした。
きっかけは、3年前に長女が中学校へ入学したこと。
そのタイミングで、「探究学習のなかで皆生温泉をテーマにできないだろうか」と学校に声をかけたことから始まったといいます。
「校長先生がとても熱心な方で、子どもたちの未来を本気で考えておられるのが伝わってきました」
そこから始まったのは、皆生温泉を自分たちの足で歩き、見て、感じて、まとめる学びの時間。
中学生たちは探究学習の一環として、オリジナルの“皆生温泉MAP”を制作しました。
観光パンフレットをなぞるのではなく、自分たちの目線で見つけた皆生温泉。
どんなお店があり、どんな人がいて、どんな空気が流れているのか。
その一つひとつを、自分たちの言葉で表現していきました。
皆生温泉MAPを作ったのは1年生のとき。
その後、3年生で行われた「まちづくり活性化アイデア」の発表では、「あのときの学びがベースになっています」と話してくれた生徒もいたそうです。
「点で終わる学びではなく、ちゃんとつながっていることがうれしかったですね」
山崎さんが願っているのは、皆生温泉を「観光地」として知るだけではなく、「自分たちの場所」として感じてもらうこと。
このまちで過ごした時間が、いつか大人になったときにふと思い出されること。
そして「やっぱり皆生っていいな」と、戻ってくるきっかけになれば。
そんな静かな願いが、この取り組みには込められています。
② 医療と観光をつなぐ、新しい視点
2つ目は、「医療」と「観光」。
医師であるご主人との縁もあり、以前から医療ツーリズムに関心を持っていた山﨑さん。
その原点のひとつにあるが、コロナ禍での経験でした。
「コロナのとき、自分たちにできるだろうか考えたんです」
バレンタインの時期には、有志の旅館が集まり、創作チョコを医療従事者の方へ寄贈。
最前線で働く方々への感謝と応援の気持ちを届ける取り組みに参加しました。
「ほんの小さなことかもしれないが、少しでも気持ちが届いたらいいなと思いました」
これまでの経験を通して、医療と地域、そして観光がつながる可能性をより強く感じたようになったと話をしてくれました。

現在は、患者という枠にとらわれず、医療関係者の視察や研修と温泉滞在を組み合わせた新しい形も模索しています。
「例えば海外の医師や研究者が滞在しながら学び、温泉でリフレッシュする。そんな形もあっていいと思うんです」
観光と医療。
一見異なる分野のようでいて、どちらも人の心と体に寄り添う存在。
皆生温泉だからこそ生まれる、新しい価値が少しずつ見え始めています。
③ 神社参拝と温泉を結ぶ「祈りの旅」
3つ目は、まだ構想段階の取り組みです。
「少しロマンのある話なので、ちょっと恥ずかしいんですが」と、照れながら話してくれました。
出雲大社や美保神社など、日本神話ゆかりの地と皆生温泉を結び、
“祈り”と“癒し”を組み合わせた旅のかたちを描いています。
「参拝って、時代が変わってもなくならない旅の形だと思うんです。そこに温泉が重なったら、もっと文化的な厚みが出る気がして」
まだ形にはなっていない構想ですが、だからこそ広がりを感じさせるアイデアでもあります。

これからの皆生温泉へ
最後に、これからの皆生温泉について伺いました。
「住んでよし、働いてよし、訪れてよし。
まずは地元の子どもたちが皆生を好きになってくれることが大切だと思っています」
その積み重ねが、10年後、20年後の皆生温泉につながっていく。
若女将として、母として、そして皆生で育った一人として。
山崎裕美子さんの思いは、今日もこのまちの中にそっと息づいています。
大きな変化ではなく、人と人をゆるやかにつなぎ直していくような、やさしいまちづくり。
皆生温泉のこれからは、そんな小さな積み重ねの先に広がっていくのかもしれません。